筋トレが続かない理由は、強くなった気になる「借り物の感覚」だった

筋トレが続かない。
これは意思が弱いからではない。
おそらく9割の人が、同じところでつまずいている。

筋トレは辛い。だから続かない。
多くの人がぶつかる共通の悩みだと思う。
なぜ続けることができないのか。
今回は、私なりに考えたことを共有したい。

動画や写真で目にする、気持ちを揺さぶるような体をした人たち。
彼らが、どれだけの時間をかけ、どのような努力をしてきたのかは、ほとんど語られない。
自分と向き合ってきた時間は、私たちの想像を遥かに超えるだろう。

すごい人を見ると、なぜか心が高ぶる。
やる気が湧き、「自分もいける気がする」と感じる。
これは、とても自然な反応だ。

実際、私自身もそうだった。
すごい人の筋トレ動画を見て、「うぉー」と気持ちを高めてからトレーニングに向かっていた。
アニメの戦闘や、強くなる場面、名言などを見てチャージしてから筋トレをすることも多かった。
時には、筋トレ中もそれらを流しながらやっていた。

確かに、その瞬間はテンションが上がる。
体も軽くなったような気がする。
だが、それは成長ではない。

人の脳は、憧れや尊敬を感じた相手を見たとき、
一瞬だけ「自分もその世界に近づいた」と錯覚する。
あたかも、自分が少し強くなったかのような、どこか借り物の感覚になる。

今は、一瞬で結果が返ってくる時代だ。
比較の対象も、身の回りだけではない。世界中の人と比べられる。
アニメの成長スピードは、現実とはまるで違う。
場合によっては、最初から最強の主人公もいる。

SNSに出てくる人たちも同じだ。
「結果」が表に出るまでの努力の道のりを、すべて見ることはできない。
それを見ている側は、
「自分もすぐに同じようになれるのではないか」
と錯覚してしまう。

そして挑戦する。
現実のトレーニングに向き合う。
思っていたより地味で、きつくて、成長も感じにくい。
高ぶっていた分、その落差でつまらなくなり、挫折する。

おそらく、大部分はこの流れではないだろうか。

比較基準を他人に置いていると、筋トレは楽しくならない。
なぜなら、毎日自分とその人を比べて、敗北して帰ってくるからだ。
負け続けることは、誰にとっても楽しいはずがない。

では、反対に筋トレが続く人は、なぜ続いているのだろうか。

続く人は、意識の向きが違う。
他人ではなく、自分に向いている。

今日の自分の調子はどうか。
昨日より少し楽にできていないか。
同じ重量でも、フォームは丁寧になっていないか。

比べる相手は、昨日の自分、前の自分だけだ。
そこに「すごい人」は出てこない。
他人軸ではなく、自分軸で考えている。
自分の世界に、他人は入ってこない。

今では、高ぶりの刺激は特に必要だと感じていない。
YouTubeで筋トレ中に聴く音楽を探していると、
たまたま高ぶり系の名言動画が目に入り、再生してしまうことはある。
瞬間的に燃える感覚は、確かにある。

だが、自分の日々の成長や積み上げを実感できるようになると、
その刺激がなくても十分に続けられることに気づいた。
高ぶりは、あってもいい。
ただし、それは主役ではなく、
気分転換として使うスパイス程度でいい。

筋トレを辞めてしまう人の多くは、
レベル100の相手を見て、レベル1の自分を否定し続けている。
その状態で、成長を実感するのは難しい。

筋トレが続くかどうかは、才能の問題ではない。
比較の向きの問題だ。

他人を見る筋トレは疲れる。
自分を見る筋トレは続く。

成長は遅い。
でも、自分基準なら、確実に積み上げられる。

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