私はもともと、筋トレを毎日するタイプではありませんでした。
数日続いたと思えば3日休み、気づけば2週間以上何もしないこともある。
習慣として身についているとは言えない状態でした。
自宅で筋トレはしていましたが、孤独で、なかなか続きませんでした。
以前ジムに通っていた頃は、周囲の存在が刺激になることもありました。
自分より重い重量を扱う人を見て元気をもらうこともあれば、自分より軽い重量の人を見て安心することもある。
一方で、自分と同じくらいの体型の人が自分より重い重量を扱っているのを見ると、比較して落ち込むこともありました。
外の環境は刺激にもなりますが、同時に自分の気持ちを揺らす要因にもなっていました。
そんな私が筋トレを毎日続けられるようになったきっかけは、行きつけの美容師さんとの会話でした。
その人は、いわゆるムキムキのマッチョではありません。
しかし体はがっしりしていて、全体に締まりがあり、とても格好良い体をしていました。
何気ない会話の中で筋トレの話になり、私は「自宅でぼちぼちやっているけれど、孤独でなかなか続かない」と話しました。
するとその人は、自分の自宅での筋トレの様子を楽しそうに話してくれました。
ゴルフを上達させるために筋トレをしていること。
筋トレ後に鏡を見て、パンプアップした筋肉を確認する時間が楽しいこと。
好きな音楽を聴きながらケトルベルを振り、冬でも汗だくになること。
アブローラーも腹筋だけでなく、三角筋や大胸筋など様々な部位に効かせることができること。
その話し方には、義務感がありませんでした。
筋トレは「やらなければならないもの」ではなく、「楽しんでいるもの」でした。
普段の会話とは明らかに違う熱量があり、
その人が筋トレを生活の一部として楽しんでいることが伝わってきました。
それまで私の中で、自宅での筋トレは「孤独で辛いもの」というイメージがありました。
しかし、その人の話を聞いて、その認識が少し変わりました。
自宅での筋トレは自由です。
好きな音楽を流すこともできる。
鏡の前で体の変化を確認することもできる。
誰にも見られない環境だからこそ、自分のためだけの時間にすることができます。
筋トレは孤独なのではなく、自由なのだと気づきました。
その日のうちに、私はアブローラーとケトルベルを購入しました。
自宅での筋トレは、外的な刺激や監視の目がないという意味では、続けにくい環境かもしれません。
しかし、あの美容師さんの姿を思い出しながら筋トレをしていると、
それまで感じていた義務感は薄れ、「自分のためにやっている」という感覚が生まれました。
鏡を見る。
少しずつ変わる。
昨日より、わずかに前に進んでいる。
その感覚が、小さな満足感になりました。
気づけば、筋トレは毎日続くようになっていました。
今回の経験を通して思ったのは、
人の行動は、強い意志だけで決まるものではないということです。
捉え方や、ちょっとしたきっかけによって、
同じ行動でも意味が変わり、継続できるものに変わります。
行動を変えたのは、特別な方法ではなく、
「楽しんでいる人の姿」だったのだと思います。
人は、方法よりも、意味に動かされるのかもしれません。

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