悔しさは、いつか薄れる。それでも変わりたいと前に進む理由

あんなに悔しかったのに、
涙を流し、声をあげるほどだったのに、
なぜ人はいつの日か、その感情の熱量を忘れてしまうのだろう。

時間が経てば傷は癒えると言うけれど、
忘れてしまうことで、本当に大切なものまで手放してしまっている気がする。

他人が一人でも関わっている出来事は、
その人が見て、聞いて、感じてきたすべてを理解することはできない。

本当の感情や思いは、結局のところ本人にしか分からない。
納得できないことが残るのも、当然なのかもしれない。

だから他人のことを考え続けるよりも、
自分に意識をすべて向けた方がいいのではないかと思うようになった。

周りに流されるのは、考えなくていいし楽だ。

でも、いつからかそれでは満足できなくなった。
自分自身が納得できなくなってしまった。

あの時、自分を信じてあげることができなかった。
本当に守りたいものがあったのに、
守れる自分でいられなかった。

「飲み込むことができないほどの悔しさを知った人は強い」と思う。
二度と同じ思いをしたくないと、
心から思えるからだ。

あのときの敗北は、誰かのせいではなかった。
自分の未熟さゆえの敗北だった。

周りの人たちが努力していた時間に、
自分は努力することができなかった。

なぜできなかったのか。
当時は、社会にあふれる娯楽に飲み込まれ、
自分を見失っていたのだと思う。

ゲームやアニメをしていれば、
この楽しさは永遠に続き、
幸福に過ごせると本気で思っていた。

でも、現実は違った。

何も得るものはなく、
時間だけが過ぎていった。

気づいたときには、何も変わっていなかった。
それが、とても悲しかった。

変わりたいと願った自分を、
自分自身で変えてあげることができなかった。

もう、こんな思いはしたくない。

すぐに成果が出るとは思っていない。
それでも、みんなが努力している中で、
自分だけが取り残されるのは嫌だ。

悔いのないように生きたい。
自分なりに頑張ったと言える人生にしたい。

自分の周りにいる人たちは、
とてもきらきらしていて、まぶしかった。

自分にないものを、
すべて持っているように見えた。

「こんなことをしていていいのだろうか」
また時間を無駄にして、後悔するのではないか。
そんな不安に何度も襲われた。

自分を安心させてあげることができず、
一人で怖くて、悲しかった。

一人の時間が誇らしく感じるときもあれば、
一人でいないと頑張れない反面、
その時間がとても辛く感じることもあった。

負の感情に、また飲み込まれてしまうのではないか。
正直、今でも不安はある。

それでも分からないなりに、
前に進んでみるしかないと思っている。

現状維持では、もう満足できないと分かっているからだ。

一人でいるのは怖いし、
作業も、結果も、どうなるか分からなくて不安だけど、
それでもやってみるしかない。

だからもう少しだけ、
辛抱強く続けてみたいと思う。

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