朝は集中できていて、作業が順調に進んでいた。
まだ続けられそうだったが、午後の余力を残すために、早めに切り上げることにした。
自宅に戻り、ご飯を食べながらアニメを見て一息ついたとき、
さっきまであったやる気が消えていることに気づいた。
それどころか、不安のような感覚が出てきた。
「自分は、どうして作業をしていたんだっけ?」
理由が思い出せないというより、
今の状態をうまく理解できなかった、という感覚に近い。
せっかく続けることに慣れてきたのに、
急にこうなったことが怖くなった。
どこかで納得できていない部分があるのかもしれない。
そんな考えが、頭をよぎった。
作業している間、自分は
目的や意味を自分で作りながら動いていた。
ゴールがはっきりしていなくても進めていて、
考え続けること自体にエネルギーを使っていた。
「意味を内側で生み出している状態」だったと思う。
そこから、食事とアニメによる切り替えが起きた。
食事をすると、体は自然と副交感神経が優位な休息に入る。
そこにアニメという完成された物語が重なると、
意味や感情はすべて外から与えられ、
考えなくていい、
受け取るだけでいい、
という状態になる。
いわば、自分で意味を作る作業を完全に手放している時間でもある。
アニメを見終わった直後、
外から与えられていた意味が一気に消えた。
体と頭はまだ休息しているままで、
自分で意味を作る回路が立ち上がっていない。
この状態で生まれたのが、
「自分は、なんでこれをやっているんだっけ?」
という空白だった。
これは、
やる気が壊れたわけでも、
意欲がなくなったわけでもない。
意味を生み出すスイッチが、一時的にオフになっていただけだった。
人は、
目的が分からない、
意味が感じられない、
という状態を、無意識に危険だと感じる。
そのため脳は理由を探し始め、
向いていないのかもしれない。
どこかで納得していないのかもしれない。
辞めたほうがいいのかもしれない。
と、極端な問いを投げてくる。
今回の不安は、異常ではなく、
自然な防衛反応だった。
やる気が消えたのではなく、
一度「意味を外に預けた時間」から戻ってきただけ。
そう考えると、
今回の不安も、少しだけ扱いやすくなった気がする。

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